忘れられない恋の克服法

恋の終わりを迎えると、大なり小なり傷が生まれる。

小さな傷であれば自然治癒も可能だろうが、深手を負ってしまった場合はなんらかの処置が必要である。

傷を埋めるための新しい恋を探すことが手っ取り早い方法ではあるが、そんな気分になるまでに時間がかかることもあるし、前の相手を超える人でないと満足には埋まらない。

そういうものである。

私にはかつて、10年付き合った恋人がいた。誠心誠意愛していたし、愛してもらった。

10年もの長期に渡る交際にも関わらず結婚に至らなかったのは、一方が既婚者であったから。

不倫の恋ではあるものの、お互いがお互いを必要としていた。

支え合い、求め合い。依存とも言える関係になっていた。

10年の間に何度か別れの危機もあったがそれも乗り越え、いつかは再婚しようと誓っていた。その恋をある日突然失った。
私はフラれた。

彼を失ったショックがひどく、日に日に痩せ細り、毎晩泣いて、泣き疲れてそのまま寝る。

何日もその状態で過ごしていた。

1ヶ月程経ち、さすがにこのままではよくないと彼を忘れる努力を始めた。

新しい人を探そうと。

目についたチャットアプリをインストールし、大学生の男の子と知り合った。

誰でもよかった。

そして「大学生」という彼のブランドが私を興奮させた。

その興奮によって、少し救われたのは事実だ。

でも結局、抱かれたところで10年の人の代わりなんて務まるはずもなかった。

経験の浅い、ハタチそこそこの男の子がアラフォー女の身も心も満足させられる訳はない。

冷静になって考えるとわかることだが、その時は藁にもすがる思いで大学生にしがみついた。

バカみたいに大学生に執着したものの、ひと月もたたないうちに飽きて手放した。

結局私の傷は癒えることはなかった。

大学生と付き合ったという興奮が残っただけで、彼とのことは私の記憶の隅に押しやられてしまった。

そしてすぐにまた、10年の彼を思い出す始末。

何のために大学生に抱かれたのか。

私は別の人を探し始めた。またしてもチャットアプリで。

そして出会ったのがちょっと抜けたところのある年下の男。

彼の行動の全てが心配になるような未熟な男。

大学生よりも年上なのに、大学生よりも抜けていて構ってあげたくなるような、そんな男。

母性本能に深く訴えかけるテクニックを持っている。

彼は私が今まで接点を持ったことのないタイプの人間だった。

自分の知らない世界で育った人。

日の当たる窓辺でヌクヌクのらりくらりと育ってきた私と、ケンカしながら育ち、ケンカしながら就職した彼。

そんな真逆とも言えるような私たち。

きっとうまくいかないと思った。

彼もそう感じていたはず。

でもなぜか気が合い、深い仲になった。

関係性が深くなるにつれ、どんどん彼の悪い面が見えてくる。

一言で言ってしまえば彼はクズだった。ドクズ。

10年の人によってついた傷を埋めることができないのなら、もう一つ同じ深さの傷をつけよう。

私はそう思った。彼なら私に傷を付けてくれる。もしかしたら短時間うちに、今ある傷よりももっと深いものを付けてくれるかも。

彼と付き合うことは、自傷行為だった。

彼に抱かれるたびに、徐々に傷がついていく。

私は頻繁に彼と会い、どんどん自分を追い込んだ。

彼は明るく楽しく、生命力に溢れていた。

ボロボロの私は彼の生きる力に救われた。

彼は私に「傷」と「救い」という正反対のものを与えてくれる。

そのどちらをも私は欲していた。

彼は元々、パートナー一人では満足できない人。私は10年の人に対しては一途だったけれど、私も元々一人の相手では満足できないタイプだった。

私と彼の根底は共通していた。

彼と付き合って1ヶ月も経たないうちに、私は他の女性の気配を感じ取った。

一人では満足できない彼の気持ちがわかるから、責めるつもりはなかった。

それに私の目的は、彼と円満に長く付き合うことではなくて自分に傷をつけてもらうこと。

二股をかけていることを咎められたくない彼と、傷をつけてもらいたい私。

二人の利害は一致した。

彼はうまく立ち回って二股生活を続けているつもりだったみたいだけれど、得てして男の嘘はバレやすい。

たった1ヶ月の付き合いの私が見抜いたことを、2年の付き合いの彼女が見抜けないわけがない。

彼の彼女はもちろん納得しなかった。

彼を愛していると彼女は言うけれど、私から見ればただの執着。

そして彼はその彼女をただ都合よく利用していた。

飯炊き女として。または無料ホテルとして。

私のことも性欲処理として都合よく利用していたようだけれど、それについては私も同じ目的だから構わない。

彼のアカウントから、彼女のメッセージを受け取ったこともある。

「もう連絡してこないで」と。

彼女はそのまま、彼の携帯から私の連絡先を削除し、ブロックまでしているけれど、それでも彼はすぐにまた私と繋がる。

いくら彼女に携帯の中身を消されたところで、職場のPCのバックアップにまでは手が出せないから。

そんなことを繰り返していたある日、彼の家で行為していたら彼女に乗り込まれた。

私は内心楽しくて仕方がなかった。

愛想笑いを浮かべてニヤニヤする私。

慌てふためく彼。

赤べこのように、首を上下に振るだけの彼女。

誰も声も出せなかったし、動くこともできなかった。

ただ、彼女を見て勢いを失った彼が、私の体から抜け落ちていくのを感じただけだった。

修羅場ではあるけれど、私の修羅場ではない。

他人の修羅場があんなにも楽しいものだとは思わなかった。

我ながら歪んだ性格をしているな、なんて冷静に考えながら二人の修羅場を観察していた。

そんなことがあっても、彼はまだ私を手放そうとはしなかった。

どこまでクズなのか。

私は私で、彼女のために別れてやる気はないし、彼が戻ってくると言うから受け入れた。

「そりゃあんた、背中にナイフの刺し傷があるわ。あんたは女に恨まれる男だわ。」

結果的に私の心にも、彼の刺し傷とよく似たものがたくさんついた。

ふと、10年の人のことをあまり考えなくなっている自分に気がついた。

私は目的を達成した。

もう彼に傷を付けてもらわなくても、10年の人のことは忘れられた。

だからもういつでも、彼から離れられる。

でも今でもまだ、私は彼から離れていない。

彼も私を離そうとしない。

あの彼女はまだ、彼に執着しているし、彼も彼女をまだ利用している。

そしてまた、私も彼を都合よく利用している。

居心地がいいという、それだけのために。

彼も私を利用している。

二股をかけていても文句を言わない楽な女だからキープしておきたいんだろう。

いつかまた、彼女に乗り込まれるだろう。

バレないはずがない。

次に彼の体に刺し傷が入る時、病室に飾ってあげようと決めている花がある。

その花の花言葉は「危険な快楽」

まるで私たちのために存在しているかのような花だ。

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